異質なゲームだったな。
どうも、お久しぶりです。実は先日買ったCARNIVALをプレイし終わったので感想書きます。ちなみにプレイ後数時間後に書いている新鮮な感想なので読みづらいかもしれません。分量も多くならないと思います。また2週目して整理したら改めて記事にしようと思います。だから今回は、ネタバレ無しで語らせていただきます。まだ未プレイの方、購入を検討している方の手助けになれば!
まず、CARNIVALはパッケージ版とダウンロード版がありますがダウンロード版は動作環境に注意が必要です! 検証していないので確証はないですが、windows7では起動しなかったとか……。僕としてはパッケージ版がおススメです。パッケージ版では無事windows10でも起動しました。まあ、パッケージ版はプレミア価格ですが。
税込みで16178円しました。相場はそれくらいを意識しておいたほうがいいでしょう。
次から感想いきます。
人を選ぶゲームだと思いました。まず当然だけど萌えゲーではありません。ただ鬱ゲ―の一言で済ますゲームでもないと感じました。話の本筋は序章でだいたい掴めましたね。だから劇的な展開、アッと驚く展開はそこまででした。このゲームの話の進み方のイメージは、一本の木をかんなで薄く丁寧に何度も削って、木を角材に変えるような感じ。のっぺり薄く物語は進みます。
しかしテキストは飽きない。それが瀬戸口廉也クオリティ。
この物語は救いがないとかよく言われているが僕はそうは思いません。見方を変えるべきです。僕たちが救われているのであって、CARNIVALのあれが本来のデフォなのです。神もいない。奇跡も起こらない。人と人しかいない。じゃあ人同士で助け合っていくしかないじゃん。しかし人と人が接する時必ずすれ違いが起こる。そしてそのすれ違いを越えるのもまた、人がしなければならない。そんなふうに思いましたね。
人はなぜ生きる。幸福を手に入れるために生きる。幸福を求めるために走る。それではその我々が求める幸福とはなにか。それは手に入らない。目の前にぶら下がっているが決して届かない。決して手に入れることができない。幸福とは生きるための活力。つまり幸福と生きることは相互に及ぼしあっている。作用反作用の関係。
人は生きながらに罪を抱えている。罪の定義など曖昧で、他人が違うと言っても自分がそう思い、自分をせめなければいけないと思えばそれは罪へとなる。逆に、自分が否定しても他人が責めているのならばそれは罪になる。つまり罪なんてあってないようなものだ。それではその罪を裁くのは誰? 世間? 裁判官? 違う。本当の意味でその罪を裁き、そして許してくれるのはその罪に対する被害者だけだ。神なんて以ての外だ。あんなの人間が作った偶像に過ぎない。
親とは何か。果たして親のための子供か、子供のための親か。それでは愛情とは?
嘘は罪なのか。人のために吐いた嘘。人のためを思って吐いた嘘。この嘘を罪だと切り捨てていいのか。
後半思ったこと羅列しました読みづらくてすみません。
CARNIVALにはメッセージ性がいっぱい含まれていました。僕は最初この続きも明かされると思っていたので、プレイ後は何ともいえない気持ちになりました。不完全燃焼とでもいうのか。また、込められたメッセージが多くて目を回したかのような錯覚にも陥りました。
15000円のゲーム。10時間ほどでクリアできたので1時間に1500円の換算。それほどの価値はあるの? みなさんそう思うでしょう。だって中古で10000越えは躊躇うのには十分ですよね。はっきり言います。
あります。
P.S.
さっき不完全燃焼と言いました。これはネガティブな感想ではありません。では何か。ノベル買いたい!